9月に胆石性胆嚢炎で、2週間緊急入院したパパさんでした。
次に痛み出す前に、手術した方が良いので年内には手術予約する予定でした。

10月19日(月)
再診(退院後の外来受診)
手術日予約
術前検査(血液検査・胸部X線撮影・排気量・心電図・エコー等)

11月4日(水)
再診 術前検査(血液検査)
入院手続書類提出

11月16日(月)
PM 1:30 入院
腹空鏡下手術(内視鏡手術)の予定だが、9月の胆嚢炎で肝臓への癒着予想されるので、
状況によっては途中で開腹手術に切り替える場合もある。
手術時間は3時間~5時間、時に10時間に及ぶ場合もあると・・・

11月17日(火) 
AM 10:00 麻酔開始
AM 10:30 腹空鏡下胆嚢手術開始
PM 1:30 手術終了 

開腹手術に移行することもなく、手術時間も短くて済みました。

執刀医からは詳しく説明を受けましたが、これを簡単に書くと、

「予想通り肝臓への癒着があり、また大腸への癒着もあり、ちょっと大変だったが上手く処置できた。
胆嚢壁に炎症、肥厚もあったが、胆管への石の落ち込みは無かった。
9月の胆嚢炎はやはり胆石によるものだろう。」

最後に、摘出胆嚢と出てきた石を見せてもらいました。
/
「石は、皆さん記念に持ち帰るので」と、執刀医が病室に持ってきてくれました。
1センチ大の2ヶはコレステロール、小さな黒いのがビリルビン(胆汁色素)
大きな石は、色が汚いですよね~
sP1030857.jpg

11月24日(月)
AM 10:00 軽快退院

但し、20日、23日の血液検査で腎機能(クレアチニン数値)が悪化していました。

クレアチニン値(基準値 0.5~1.1mg/dl )

9/20    0.96 
10/19   1.16 
11/4 1.10
11/18 1.01
11/20 1.78
11/23 1.97

腎機能数値の悪化原因が不明なので、11月26日に外来再診で血液検査予定。
一つ治ったら、また次と・・・病院と縁が切れません。


午後から出社、電話とFAXによる図面が次々に入ってきます。
来客も次々・・・
仕事していると傷がチクチク痛むらしいです・・・
やはり、デスクワークでも前屈みになるので腹部が少し圧迫されるからでしょう。
腹空鏡下手術とは言え、若くないから、完全快復には少々時間がかかるかも・・・

(追記)
11/26の外科再診時、まだクレアチニン値は基準値内までは下がっていませんでした。
12/10 腎臓内科を受診
検査の結果、治療の必要は無く経過観察となりました。
クレアチニン値が基準値内に戻るには1年かかりました。
手術時の麻酔薬などが影響していたのかも知れません。

パパさん、その後・・・・

9月25日(金)
やっと、おかゆ卒業、今朝から普通食になっていました。

昨日は会えず仕舞いだった主治医に会えました。

主治医からの私への説明
ご本人にはお話しましたが、検査の結果、胆道への石の落ち込みは無かったので、28日退院出来るよう手続きします。
しかし、まだ完全に胆嚢の腫れが引いたわけではないので、無理はしないように。
暫く、通院して様子見て適当な時期に手術した方がいいでしょう。

9月28日(土)
予定通り9月28日に退院出来ました。
完全快復ではないので、退院証明書の転帰の欄は「軽快」と記されていました。
痛みなど変わったことが無ければ、次回の通院日は10月19日
今回の入院15日間、絶食7日間、体重3キロ減 でした。

退院時には、家族が迎えに来ているにもかかわらず看護師さんが駐車場まで荷物を持ってくれて、しっかり見送ってくれた。
看護師さんが見送るのはTVの中だけと思っていたが、これも院長の院内改革の賜物なのかも・・・

29日午後から出社しましたが、やはり2日間はまだ体がフワフワする感じと言っていました。
今日はもう大丈夫のようです。
9月23日
五分粥~
痛みなし

9月24日(木)
検査の為、朝から絶食
午後1時過ぎ、病室に行くと
まだ、検査の順番来ないと・・・

午後1時半 CT検査
午後4時  MRI検査

朝から、絶食絶飲状態のパパさん
看護師に、検査済んだので、もう水飲んで良いかと訊ねると・・・
先生の指示を受けるまで待ってくださいと・・・

私も、検査結果を聞いて帰ろうと主治医を待つが手術室から出てこない・・・・
看護師も夕食取ってよいか主治医の指示待ち・・・
夕食のオーダーが5時半なので、それまでに手術終わらないときは手術室に電話入れますと・・。

飲み物、夕食ともOKが出ました~♪と、看護師

午後5時半、熱いお茶を入れました( ^‐^)_且~~
ああ~、おいしいと・・・パパさん

午後6時、夕食が出ました。
今夜は、全粥だぁ~!
TS3Y0066.jpg

お腹空いている私も、思わずおいしそう~と・・♪

この日は主治医に会えずに、検査結果を聞けないまま帰宅しました。

午後7時半
パパさんから、電話
いつもは、9時以降に掛かってくるのに・・・
痛みでも出たのかと、ドキッツ・・・

主治医は手術7時までかかったそうで、今やっとパパの病室に・・・。

主治医からの説明は・・・
CTおよびMRの検査結果、危惧していた胆管の詰まりは無かった。
ALP、γ-GTPは徐々に下がるだろう。
28日(月)に退院できるよう手続きしましょう。
こちらの病院でなくても良いが、暫くは通院して
折を見て手術した方が良いでしょう。

パパさんの声、久々に明るく嬉しそうな声でした。
毎回、丁寧に説明してくれる主治医を信頼しているようで、手術も先生にお願いしますと、勝手に頼んだそうです。
2ヶ月先位まで、主治医の手術予定が入っているようなので、その後になるらしいです。

21日の説明では、月末退院などとんでも無いというような感じだったので、
取りあえずは、今夜はほっとしています。
sP1030820.jpg
パパさん、またまた入院中です~

9月11日(金)
朝から、胃腸がもたれると・・・
昨夜、つまみに食べたサキイカが悪かったとか言っていました。
昼に胃腸薬飲ませましたが、まだ調子悪いみたいです。

夜は、新入社員の歓迎会兼ねた飲み会でしたが欠席しました。
私だけ出席して、帰ったら寝ていましたので額に手をやると少し熱が出ているような・・・
しかし、そのまま朝まで寝ていました。

9月12日(土)
会社は休日ですが、工場のクレーン2機の取替え業者が入るので工場開けないといけないと出社しました。
意外と手間かかったようで、3時には終わる予定が5時過ぎ帰宅。
夜は、まだ腹部がぐじゅぐじゅ痛いと食事も取りませんでした。

9月13日(日)
食べたくないと朝食、昼食取りませんでした。
昨夜から何も食べていないので、夕方、おかゆ少々食べさせました。

9月14日(月)
朝一で、食事を取らずに掛かり付けの内科へ行かせました。
胃のレントゲン異常なし。
血液検査の結果、白血球が増えているが炎症箇所が特定できないとのことで、
そのまま総合病院へ行くように外科部長宛に紹介状が出たそうです。。

総合病院に来ていると電話が入ったので、私もすぐに駆けつけました。
問診、触診の結果、虫垂炎もしくは胆嚢炎が疑わしいと・・・
掛かり付け内科でのデーターで足りない項目があるとのことで、ここでも血液検査、
続いて、腹部CT、エコー検査

結果は、「胆石性急性胆嚢炎」の診断。
画像では胆嚢に石があり、胆嚢が大きく腫れており、
今日は念のため入院して下さいと言われました。

その後、胃カメラも撮りましたが、胃には異常はありませんでした。
検査全て終了したのは16時半過ぎでした。

そのまま入院して抗生剤、栄養剤投与。

帰宅後、ネットで調べたら、急性胆嚢炎は暫く絶食が続くようです。

9月16日(水)
腹部の痛みが無くなって、本人お腹すいたと言っていました。
しかし、絶食はまだまだ続きます。

主治医より、2度目の説明。
緊急性は無いが、痛み出した胆石はいづれ手術必要。
手術は腹腔鏡手術だが、癒着もあり簡単につるっと取れる手術では無い。
今は、絶食で胆嚢を休め、抗生剤で炎症を抑える治療を継続。

9月21日(月)
昼食から、やっと食事がとれるように・・・。
おもゆからスタート。
食後に、痛み無し。

主治医より、3度目の説明。
お腹も空いただろうから仏心で(笑)、食事許可したが痛めば即刻絶食になる。
抗生剤を強いのに変えたので炎症反応は減ってきた。
細菌感染もあったかもと・・・
胆石の大きさは2センチ位、画像から見る限り、悪性新生物とかではない。
大きな石は普通は余り悪さすることは無いのだが、ALP、γーGTPの数値が高くなっている。
この場合、胆道に細かい砂粒のような石が詰まっている可能性もある。
休み明けに、胆道の詰まりの検査をするかもしれない。

月末には退院できるかと訊ねたら、そんなに簡単ではないと・・・。

9月22日(火)
朝食より、三分がゆになりました。
痛み無いようです。
パパさん、6年前に髄膜腫の手術を受けました。
髄膜腫は良性腫瘍なので、完全に切除できれば再発はありませんが
パパさんの髄膜腫は血管を巻き込んでいた部分が、ほんの少し残っていました。

年1回のMRI検査で経過観察中でしたが、やはり年に2~3ミリづつ大きくなっていました。
このままだと、あと4年位で3センチに達し、再手術(開頭)が必要になります。
しかし、主治医より開頭手術しなくても済む高度最新医療(ガンマナイフ治療)の提案がありました。

9月2日(火)
近くのS病院でのガンマナイフ治療が、9月までで終了となるので
早速、K病院の紹介書とMR画像DVDを持ってS病院へ
ガンマナイフ担当医と相談し、手術日を9月16日の朝一番に決定。
血液検査を受けて帰宅。

9月12日(金)
入院日が祭日のため、術前検査を通院で済ませる。
心電図、胸部X線撮影、フレームなしでMR撮影

9月15日(月)
AM10:00
入院
院内説明、明日の予定等の説明
入浴洗髪

9月16日(火)
AM9:00
局部麻酔でフレーム装着後、MRとCT撮影 

AM10:00
軽い鎮静剤を打って、ガンマナイ治療開始

AM10:30
主治医より、治療結果の説明。
髄膜腫の体積1.75立方と、腫瘍としては極小さく
ほぼ完璧に全面(99.9パーセント)照射出来たとのことでした。

治療前には、フレーム装着時の痛みを心配していましたが、
痛みも苦痛もなかったそうです。
PAP0030s1.jpg

治療後、病室に戻って普通に昼食を食べれました。
sPAP0027.jpg
頭だけ濡らさないようにして、お風呂もOK。


9月17日(水)
AM9:00
退院
ゆっくり、休んでほしいところですが、見積もりの図面が山のように入ってます。
午後から、早速お仕事復帰・・・

9月18日(木)
今夜から、シャンプーOK。
フレーム装着のおでこの傷がどのくらいになるかを心配していましたが
おでこの傷は鉛筆の芯程度で、目立ちませんでした。

9月19日(金)
今朝から、傷テープも外しました。



パパは車の運転が出来るようになって、自主リハビリをサボっています。
そして、あろうことかママに隠れて折角止めていたタバコもスパスパ吸い始めていたのです。

タバコは健康な人でも、それだけで将来の高血圧、脳梗塞、心筋梗塞の危険因子です。
健康を害することが分かっているのに、何故タバコが販売されるのでしょう・・・?
販売中止すると、覚せい剤などのように密輸などの悪が蔓延るからなのでしょうか・・・?

”百害あって一利なし”のタバコは糖尿病の人にとっては最悪です。
”糖尿病のリスクの上乗せ”心筋梗塞、脳梗塞、動脈硬化がより発症しやすくなるのです。
糖尿病では血流が悪くなったり血管が硬くなるのですが、それがタバコでも血流が悪くなるので悪い方への相乗効果が働きます。

近頃、またパパの足取りがまたモタモタしているのが気になっていました。
その一つの原因は隠れタバコにあるかも・・・

事務所ではママに見つかってしまうので、吸いたくなったら事務所を抜け出し工場でスパスパ・・・
何だか、近頃頻繁に工場へ足を運ぶと思っていたら、タバコの為のようです。
いつの間にか、隠れてヘビースモーカーに逆戻りしているのです。
工場に設置している自動販売機ではジュースまで買って飲んでいるらしいです・・・

共働きになってから、外食の多かった我が家ですが、パパの糖尿病治療が始まった(服薬)のを機に最近は外食を控え、帰宅後は座る間もなくバタバタと低カロリーの食事作りに励む大変な毎日なのです。
それなのに、当の本人が全く自覚が無い、自己管理が出来てなかったのです。

今夜は隠れてタバコを吸うのを止めるように注意したら、返事をしない・・・
そう、都合の悪いことは返事しない、自分の主張はするが人の話を聞かない。
ちょっと体の具合がよくなったら、入院中のことなど忘れたかのように自分勝手な頑固ジジイそのものです。

ママ: (厭きれ返って)これだけ健康を気遣って言っているのに聞かないのなら、糖尿病食作るのやめるよ!
パパ: 止めてもいいよ!
(何じゃあ~その言いぐさは、逆切れやん・・・)
ママ: (むかつく・・・プンs(・`ヘ´・;)ゞプン~)
    今度、入院したら動けなくても、どうなっても絶対看病してやらない!
パパ: ・・・・・(都合が悪いといつもの事ながら、返事もせずパチンコに行ってしまった)

さらに、続けると理屈にならない理屈でパパが逆切れしてくるのは分かっています。そうなると、売られた喧嘩は買ってしまうママなので夫婦喧嘩の勃発になったでしょう。
だから、この時点でパパが出て行ったのは正解ですが・・・
パチンコ店は副流煙だらけ、さらにどれだけのタバコを吸って来たことやら・・・・

ある人に、”1回ヒステリー起すとパパの寿命が1日短くなると思いなさい”と言われました。
しかし、パパの好き勝手させていても、これではやっぱり寿命は縮む・・・
文句言われる方もだろうけど、同じこと繰り返し繰り返し言わなきゃいけない方も、相当なストレスなんだけどね・・・

まだママがあれこれ言っているうちは見捨ててないってことなのに・・・
”自分の体だから煮て食おうと焼いて食おうと勝手に”と、ママが何も言わなくなたらお終いなのに(^_-)ネッ~
パパの入院中は病院と会社と駆け回ってママは3キロも痩せたのに~感謝はその時だけ?
”喉もと過ぎれば、熱さ忘れる”辛い入院生活はもう懲りたはずなのに・・・
昨日、ママはマリカを病院へ連れて行く為、午後から出社予定でした。
それで、パパさんはタクシーで行くのかと思ったら自分で運転して出社しました。
足の動きに、どうやら自信がついたようです。ママも、これでアッシー役からの解放されました。

頭頂部の頭皮を触っても人の頭を触っているような感じで感覚が無いとずっと言っていました。
しかし、頭皮も感覚が戻ってきたそうです。
手術から4ヶ月半、ようやく全快と言えるところまで辿りつきました~♪

さて、もう一つの病気、糖尿病の方は・・・
インフルエンザが治った息子が、本日、専門医へと連れて行ってくれました。
運転できるようになったのだから、自分で行けばいいもを病院嫌いは手がかかります。

今日の血糖値200mg/dl 
血糖値を下げるお薬  アマリール錠を朝食後 0.5錠服用することになりました。
1日の摂取カロリー1750kcalまでだそうです。

・甘い物食べたければ、食事と一緒に食べること。
・間食をしないこと。
・血糖値が下がりすぎて、気分が悪くなった時(低血糖)は、飴玉などを食べること。

その他、食事メニューや自己管理の小冊子をたくさんもらってきています。
パパさん、土曜日の午前中に時間が取れるときはリハビリ病院に通っています。
今日は帽子無しのパパさんを見て、リハビリ療法士さん達がびっくり~!
脳腫瘍の術後はや4ヶ月、髪の毛も伸びてもう傷隠しの帽子も全く必要なくなりました。
でも、「トレードマークの帽子が無いと、○○さんじゃないみたい。」と言われたそうです。

リハビリ終わって、息子達と昼ごはん・・・
今日はやかましい監視役のママがいないことをいいことに、みんなと同じように腹いっぱい食べたらしいです。

「リハビリ効果で歩けるようになった足、摂生しないと今度は糖尿の合併症で無くなるよ。」と、糖尿病の恐さを言い聞かせたのに・・・・

夕飯時期になると側でゴソゴソ・・・
「出来上がるまで大人しくしてて、せからしい~」と言ったら
「煩い!」と逆切れされて、もう~頭にきましたΣ(-_-+)ピキッ

食事を制限すると食によけいに執着してイライラするようです~
只今、冷戦中~プンs(・`ヘ´・;)ゞプン
昨日(2月25日)は、手術した厚生年金病院で退院後初のMRI検査の日でした。
昼までには終わる予定でしたが、私は急ぐ仕事がありパパに半日付き合う時間がありませんでした。
付き添いは息子に頼みました。

AM9:30 MRIを撮る前の血液検査
AM:10:00 MRI
AM:11:00 主治医から検査結果についての話

MRIまでは順調に済んだそうですが、その後は主治医面談11時の予約だったのに1時間以上も待たされたそうです。結局、終わったのは13時過ぎ・・・食事を済ませて、出社したのは14時過ぎでした。やっぱり、私が行かなくて正解でした。

で、結果はと言うと・・・
脳のMRIの結果は問題ないとのことで、次回健診は半年後。
しかし、今回の入院で発覚した糖尿病の方は悪化しておりました。

リハビリ病院に転院する際に、リハビリと共に糖尿病をしっかり直すように言われていました。しかし、リハビリ病院で糖尿病の入り口と言われたのを幸いに、本人全く食事療法をしませんでした。リハビリ病院を退院後も、毎日歩いて運動しているから食べても大丈夫だと、好きな物ばかり食べていました。それも、食べる量が多い・・・全く自覚なく言うこと聞きません。

「きちんと病院へ行って治療すること。」と脳外科の主治医からきつく言われたにもかかわらず、帰りの車中で「歩いて治す」とまだ言っていたそうです。
厭きれた息子がネットから糖尿病の恐さをプリントアウトして懇々と説明し、糖尿病外来のある病院を調べてくれました。
私も、「目が見えなくなってもいいの?足がなくなってもいいの?人工透析するようになてもいいの?」と脅かし「ちょっとは自覚持って治療せんと、もう看病せんよ!」と・・・
パパさん、ようやっと病院へ行く気になりました。
なお、昨夜から1日1500Kcalを目標に、食事のカロリーダウン強行中。
お腹すいたと煩いのなんのって・・・
あれだけ言って聞かせたのに、もうもうもう~
ちょっとは我慢せんかい(ー_ー#)ムッ



パパさん、丸坊主にしていた頭髪も伸びてきて、傷隠しの帽子も18日からは脱いでいます。
三月には取引先の方々との快気祝いゴルフコンペが目白押し~

毎日のウォーキング効果、最後まで動くのを拒否していた?右足首も少しづつですが動くようになってきましたので、三月は取引先の方々との快気祝いゴルフコンペの目白押し~
まずは体慣らししなくてはと、今朝は久々に息子と近場のカントリーへと出かけました。

腕前の方は相変わらず(*^p^*) ププッ だったらしいですが、体の方は手術前より楽になり大丈夫だったようです。
今日も普段の生活へ、また一つステップアップしたようです~♪

しかし、3月のコンペは3つも入っています。
月3回も大丈夫かな・・・?
事務机からふと顔をあげ、何気なく窓の外をみるとトラックの中でニンマリ顔のパパさんにびっくり~!
まずは敷地内で運転練習の開始と日頃は全く乗ることもないホークリフトとトラックの運転を試みたようです。
運転できていました。
これも、朝昼夕と時間をみつけてのウォーキング効果

とっさの時の機敏な動きが要求される道路を乗用車で走れるようになるまで、あと一歩かな・・・
頑張れパパさん~♪
12月27日の退院は会社の方も仕事納めだったので、病院のスタッフの皆様への挨拶もそこそこにバタバタと退院しましたので、年が明けたら、すぐに挨拶に行く予定でした。

しかし、年明けは年始挨拶の来客が多くなかなか会社を抜け出せませんでした。
昨日、やっと病院へ挨拶に行くことが出来きました。
まず、病棟の看護士さん達へ挨拶に行くと、その歩きっぷりに「もう普通に歩けるようになったね~、良かったですね。」って、その回復を驚き、とても喜んでくれました
そのあと、リハビリ室へ・・・
療法士さんも、ママの運転する車から降りて、スタスタ普通に歩くパパさんの姿をリハビリ室から見ていたようで、その回復振りに驚いていました。
足首の固定装具も誂える必要もないだろうとのことでした。
リハビリも自宅で起立訓練を続けるだけで良いようです。

会社から帰宅後、毎晩起立訓練の号令のCDをかけて頑張っています。
パパがゴルフ復帰するのを待ちかねている方々と2月にはゴルフに行こうと計画中のようです。
あとは、右足首が自由に動くようになりさえすればママもアッシーくんから解放されます。
2008年は仕事のほかに、後半はパパさんの入院手術などもあり、とても忙しい年でした。
年末にはパパさんも二足歩行で無事退院でき、やっと普段の生活に戻りつつあります。

実は、1年くらい前から少し左足を引きずるような動きに、何処か血管が詰まっているのかもしれない脳の検査に行った方がいいと周囲の者が心配して言ってくれていました。
しかし、仕事が忙しいのと左手足が少し重いくらいないで、さして辛い症状はなかったため、伸ばし伸ばしにして病院になかなか行きませんでした。
ようやく10月7日、近くの脳外科を受診。
MRI検査
の結果、なんと頭頂部に大きな腫瘍がみつかりました。

幸い良性の脳髄膜腫だということですが、「画像診断が出来るようになった近年は、ここまで大きくなった腫瘍は見たこと無い。」と言われました。

髄膜腫とは→ http://square.umin.ac.jp/neuroinf/medical/208.html

硬膜から発生した腫瘍が徐々に大きくなって例えれば、豆腐に卵を押し付けたような感じで脳を圧迫しているとのことでした。
腫瘍が大きな割には症状が軽いことに医師も驚いていましたが、ゆっくりゆっくり時間をかけて大きくなったようで、脳が順応して吐き気や頭痛などの自覚症状が無かったのだろうと・・・・
悪性ではないので今すぐに緊急手術の必要はないけれど、このまま2~3ヶ月ほっといてよい大きさでは無く、治療方法は切除するしかないと・・・

今思えば、5年ほど前から、犬の散歩に一緒に出かけても足取りが遅かったことや、2年ほど前からは、ほんの少しの段差に躓きそうになることなどあったのです。
その時は、老化が早い~どん臭いくらいにしか思わなかったのでした。
まさか頭の中でこんな腫瘍が育っていたとは・・・・

10月8日 肝細のパパでも切らないといけないものなら早い方がいいと覚悟を決め、MRI画像と紹介状を持って、紹介された総合病院の脳神経外科に行ってきました。
今の時期なら1ヶ月位は仕事を休めるということで、その日のうちに入院手術の日を決めてしまいました。

10月10日 MRI画像撮影、保存血液の採血(400cc)
10月16日 入院、保存血液の採血(400cc)
10月17日 血管造影検査
10月21日 開頭手術


その後、詳しいMRIの結果、パパの腫瘍は何と卵3ヶ分ぐらいの大きさでした。
ここまで大きくすると手術がしにくくなると主治医に言われました。
この腫瘍、4~5年はかかって大きくなっていたようで、既に静脈も巻き込んでいました。

19日の夜にはボストンから息子が急遽帰国してくれました。
21日は手術室前で息子と二人で無事手術が終わるのを待ちました。
10時間ぐらいは覚悟していましたが、朝9時に手術室に入り、10時間を過ぎてもまだ終わりませんでした。それからが長いこと長いこと・・・
11時間・・・12時間・・・13時間・・14時間・・・時間は刻々と過ぎます。
その間、手術室からは何の音沙汰も無く・・・
もう待合室に残っているのは私達だけ・・・
どうなっているんだろうと、どれだけ心配したことか・・・
まもなく日付け変わろうかとする23時50分、やっとICUに呼ばれました。
手術が終わったのは23時35分だったとのことで、覚醒してから呼ばれたのです。

出血の多い事が予想される手術だったため、術前に自己血液を800cc採血していました。
しかし、手術中にそれだけでは足りず、さらに日赤の血液を400cc使ったとのことでした。
その後、脳内の出血とかなければ、翌朝のCT撮影後に病室に戻ってくるとのことでした。

10月22日 朝、CT撮影後に病室に戻ってきました。
術前には左の手足が重いと感じる程度で普通に歩いて入院したのに術後には右手以外は全く動かなくなっていました。言葉はしゃべれましたが、目もまだうつろで、少しぼ~っとした感じでした。
このまま要介護になり、仕事復帰できなかったら大変なことになると、息子がボストンに戻る前に主治医に説明を求めました。
「今朝のCTの結果も悪くなかったので、術後の脳の腫れが治まってくれば動くようになるでしょう。仕事の内容にもよりますが、仕事復帰も大丈夫と思います。」とのことでした。
23日の早朝に日本を発つ息子は、22日は空港近くのホテルを予約していました。パパの様子に後ろ髪を引かれる思いでしたが、夕方にはホテルへ引き上げました。
息子が引き上げたあと、しばらくして、パパの声「左手が動いた。」と・・・
その時は、嬉しさで思わず涙がこぼれました・・・・
すぐに、ホテルへ電話し息子に知らせました。これで、少しは安心して出発することが出来たようです。

術後の貧血が改善されず、輸血を400cc(200ccX2日)追加しました。
両足先とも、足先まで感覚はずっとありましたので歩けるようになるとは思いました。
しかし、腰から下が自由には動かないので、エコノミー症候群予防の為、暫くは両足先に付けられたフットポンプを外すことができませんでした。
4日間は病室に泊り込みましたので、夜中はこのフットポンプの音が気になりました。
まあ、夜中何度もパパに呼ばれ体位を変えてあげたりで、ほとんど眠ってはいないのでしたが・・・

術後3日目の真夜中、パパの呼ぶ声・・・
「左足が動いたよ。」そうです、左足膝を曲げれたのでした。

しかし、手術前には何ともなかった右足の方が、なかなか動きませんでした。
右足がほんの少し動いたのは手術から8日後の朝、主治医の回診の時でした。
そして、自分の意志で右膝を動かせるようになったのは手術から10日後でした。
これで、やっと、右足先のフットポンプも外せました。

手術後は毎日看護師さんが部屋に来るたびたび、名前、年齢、日付けなどを尋ねます。
コミュニケーション障害などのチェックのようです。
理学療法士さんによる言語障害、記憶障害などのチェックもありましたが、いづれもクリアでしたのでほっとしました。
足の廃用症候群の予防のために、手術の3日後から足のリハビリが始まりました。

リハビリ療法士さんに、どのくらいの期間で歩けるまで改善するのか尋ねてみました。
「人それぞれだから・・・・」と、やっぱりはっきりしたことは言えないようです。
「ここでのリハビリは術後2週間ぐらいです。自宅生活が出来るところま回復しないときは、リハビリ専門の病院へ転院することになると思います。」とのことでした。
テレビではアメリカの株価暴落による不景気風のニュースが毎日流れています。
会社が気になるパパは、いてもたっても居られないようです。
何とか2週間で歩いて退院したいとリハビリ頑張っていましたが、歩行補助具につかまらないと歩けませんでした。

術後2週間で急性期治療(脳腫瘍の治療)は終了です。
ここでのリハビリは時間も短いため、主治医の勧めでリハビリ専門病院へ転院することになりました。

11月5日 紹介状を持ってリハビリ病院へ転院の相談に行きました。
紹介状には「大脳鎌髄膜腫摘出後の対麻痺」と書いてありました。
何故、後遺症が出たかは執刀医に聞かないと分からないが、大脳鎌という部分は手足の神経がたくさん集まっているところだから・・・と聞かされました。

11月7日 転院
自分では歩くことが出来ないので、福祉タクシーを呼んで車椅子で転院しました。
添書とレントゲンを見て、リハビリ病院の先生も、腫瘍の大きかったことに驚いていました。

術後2週間で歩いて退院する予定で入院したので、このリハビリ専門病院への転院は想定外の事態でした。手術のリスクは大なり小なり覚悟していましたが、脳室内ではなく頭蓋骨の内側の硬膜より発生した腫瘍だということで、今回の脳外科手術を少し軽く考えすぎていました。
もしも、経営者でなかったたなら、もっと早く病院へ行っていたでしょう・・・
また、会社のことを考えなくて良いのだったら、もっと時間をかけて病院や執刀医を捜していたはずだと多少後悔の念は拭えなかったのです。

しかし、「こんな大きな腫瘍を取って、これくらいの後遺症で済んで良かったよ。」と、リハビリ病院の先生に言われ、気持ちが少し楽になりました。

待合室で、患者さんのご家族同士がリハビリの成果を話されているのが耳に入りました。
ここは厳しいが成果のあがるリハビリ病院らしいです。
しかし、入院患者のほとんどは脳出血、脳梗塞による半身麻痺のお年寄りでした。

パパも診察、レントゲンなど各種検査ののちに、午後からリハビリ開始でした。
まずは、回数号令のテープにあわせて、起立(立ったり座ったり)訓練です。
初日は150回の起立訓練で脹脛がパンパンに張っていました。

入院中は午前九時から11時30分まで、午後2時から5時まで毎日リハビリ三昧です。
1日最低500回の起立訓練から初めて、歩行補助具を使っての歩行訓練
アキレス腱を伸ばすリハビリ、太腿や腰の筋力を付けけるリハビリなど・・・

夕方には足が上がらなくなるほどハードですが確実に筋力がついてきました。
59才のパパは、ここでは若い方でしたから起立訓練もすぐに1日600回以上できるようになりました。
左足は日に日に筋力が付いて、かなり足取りがよくなってきました。
転院2週間後にはまだ動かない右足首を80度に固定する装具を誂えて歩けるようになりました。
(90度より少し上げて、80度に固定することにより足先が引っかからないようにするのです。)
さらに1ヶ月後にはその装具も必要なくなりました。

12月27日 午前中のリハビリを済ませて、午後に退院しました
今は、部屋の中では固定具も装着せずとも歩けるようになりました。
但し、ほんの少しの段差に右足先が引っかかるので油断はできません。

1ヶ月しか使わなかった右足の固定装具とリハビリ靴は73,500円もかかりました。
但し、これは健康保険が適用される為、本人負担は3分の1です。
健保組合に申請書提出することで50,000円は後日戻って来ました。
必要の無くなったこの装具と靴は両方とも病院のリハビリ室へ寄贈して帰って来ました。

今は靴を履くときは足首に巻きつける簡単な装具をつけています。年末年始は装具屋さんがお休みなので、この装具は病院からの借り物です。
「年明けには、この装具も必要ないかも・・・」と療法士さんに言われています。
1年以内の2つ目の装具は確か健康保険が利かないはずですから、正月明けに必要なくなればラッキーですが・・・
(ちなみに、パパの障害は脳腫瘍手術後の中枢性両下肢不全麻痺につき、特定疾患に該当しないので介護保険の適用はありません。)

12月28日、29日 久々にパパと二人で庭の草むしりしました。
12月30日 午後からは一緒にイオンへ正月の買い物に行き、久々にキアヌリーブス主演の映画「地球が静止する日」を見て来ました。
ほぼ普通の生活に戻りましたが、右足首はまだ動きません。
しかし、病気だったことを知らない人には気づかれないほどに、見た目は普通に歩けるようになりました。

手術後や転院時の様子からは、こんなにはやく歩けるようになるとは思ってもいませんでした。

リハビリ病院は会社のすぐ近くなので、本人は週二回ぐらいリハビリに暫く通うつもりでした。
しかし、ゆっくり入院もしていられなかった事情を分かっておられる主治医からは退院に際して「自宅できちんと起立訓練を続けさえすれば、忙しい中を無理に通ってこなくても良いから。」とは言われました。また、「腫瘍が大きかったので多少の後遺症は残るだろう。」とも・・・
多少の後遺症が何処までだか・・・?ちょっと不安はありますが、言葉も頭も両手も正常なんだから多少、右足に麻痺が残ったとしても仕方ないのかも・・・

退院時に自宅でのリハビリ用に起立訓練の回数号令のCDコピー(200円 )を病院から買ってきました。年末年始の休み中の今は毎日午前中には。CDの号令に合わせて300回の起立訓練をしています。右足首は相変わらず動きませんが、歩き振りは退院時よりよくなって来ているように思われます。右足首が自由自在に動かないと、アクセル、ブレーキが素早く踏めないので運転ができません。だから、当分はママがパパのアッシーくんです。